不定期更新中。大好評リレーweb小説「亀岡物語」
第三話 「野田という男」 著:かめじ〜ん
結婚式は素晴らしいものだった。時折降りしきる雪は、まるで二人を祝福しているかのようにも見えた。
ーやはり出雲大神宮にしてよかった。
茂は京都市北区にあるおしゃれなチェペルで式を挙げようかとも思った。時期は4月の終わりころ。特に強い願望があった訳でもないが、ちょうど西洋風の結婚式が流行していたのだ。来る人も大変だし暖かい季節にでも。
だが久子はそれを譲らなかった。どうしても出雲大神宮がいいと言うのだった。
「ここにしてよかったでしょ?」
久子は茂の心を見透かしているかのように聞いた。
冷たく凛とした冬の風は頬をかすめ、二人を静かに見つめていた。
二人と黒猫の新しい生活が始まった。
新居は亀山城跡のそばにした。結婚を機に、亀岡市の隣町である園部町に住もうかとも思ったが、職場である亀岡警察署からも遠くもなるし生まれ育った地に愛着もあった。久子はもともと働いていた喫茶店「マリーゴールド」を結婚前に辞めてはいたが、忙しい時は度々手伝いに行っていたので、亀山城跡のそばはちょうど良かった。
結婚もし仕事も順調。新しい生活にもだいぶ慣れた。亀岡市民の平和を守るという使命にとてもやりがいを感じていたし、家族を持ちとにかくがむしゃらに働いていた。久子はそんな夫を献身的に支えていた。両手で収まるほどだったクロは大きくなり、二人からの愛情を一身に受け自由気ままに愛想を振りまいていた。
「うーむ、お金がない。」
人の会話や電話で騒がしい亀岡警察署内にある自分のデスクで茂はつぶやいた。
将来を考え貯蓄。車の買い替えも検討中。さらに結婚を機にお小遣い制になった茂の財布には3,200円しか入っていなかった。残り10日をどのように乗り切ったらいいのか茂は物思いにふけっていた。
「おいっ!秋山!飲みに行くぞ!」
けたたましい声で話しかけてきたのは同期の野田だ。生まれは兵庫県だが年も同じで警察に入庁したのも同じ。初めて喫茶店「マリーゴールド」に訪れた時に一緒だったのもこの野田だ。
「すまん。今月ピンチで・・・」
「今日は俺のおごりだ!駅前にいい飲み屋見つけたんだ。行こうぜ」
野田は何かと助けてくれる。不思議な男だ。新人だった当時、ひったくり犯を捕まえようとした時、襲いかかってきた犯人を野田は取り押さえてくれた。
頭はいいとは言えないが180cmは超える恵まれた体格と、ひょうきんで誰とでも仲良くなれる性格は皆から好かれていた。
創作居酒屋「賀巣斗」。古ぼけた亀岡駅舎から南郷公園に向かう通りにひっそりと店を構える。小さな入り口に狭い店内。威勢のいい大将が常連と親しげに話をしている。どこにでもある様な店だが雰囲気がいい。ここが野田のお気に入りらしい。出される料理はどこか懐かしく、少し薄口の上品な味わいだった。
「俺、いつか亀岡にサッカースタジアムができると思うんだ」
「バカ。そんな事ある訳ないだろ。野田はいつもおかしな事を言うな」
結婚でバタバタしていたり、野田とは課が違うという事もあり普段は話すことは少ない。この日は新婚生活の事、お互いの仕事の事、他愛もない話で盛り上がった。
久しぶりで酒が進む。
「ところでさ、お前、子供はまだなのか?結婚してそこそこ経つだろ」
「うん、早く欲しいんだけどね。こればっかりはね。」
「奥さんは、久子さんはどうなんだ?」
「久子も欲しいって言ってるんだけど、なかなかね。」
そうかあ。という表情を見せた野田はおもむろに口を開いた。
「出雲大神宮・・」
「ん?」
何を言っているんだという表情の茂にかまわず野田は話を続ける。
「出雲大神宮でお祈りしてみたら?あそこ縁結びだし」
「おい、こっちは真剣なんだぞ。縁結びって男女の縁結びだろ」
また野田がおかしなことを言い出した。そう茂は思った。
「そんなことないだろ。まあ、いいから行ってみろよ」
「はいはい、今度行ってみるよ」
野田の話を茂は軽くあしらった。野田はそんなことに気づいてないのか気にしていないのか、大好きな焼酎を飲んでいた。
「おい、飲みすぎだぞ。明日も仕事だろ」
「いいんだよ。今日は楽しいんだ」
帰りの時間が気になった茂はおもむろに時計に目をやった。
ーもう11時か・・・。
そろそろ帰ろうかと茂が口にしようとした時、野田がボソッと口を開いた。
「警察、辞めようかな。」
茂はいきなり胃袋を掴まれた様にギョッと驚いた。ハッと茂は野田の顔を見たが、いつも通り笑っていた。
「はっはっは!冗談だよ!面白い顔しやがるな。」
畳み掛けるように野田は言う。
「もう11時だ。帰ろうぜ。今日の酒はうまかった」
野田は不思議なやつだ。おかしな事をよく言っては人を困らせる。みんないつの間にか野田のペースにはまっていく。野田は変なやつだ。
野田と別れて家へと向かう。亀岡図書館ももう暗い。ところどころ光る街灯は明るいような暗いような。
創作居酒屋「賀巣斗」。なかなかいい店だった。
生ぬるい風が妙に心地よかった。
8月。野田が死んだ。
自宅で首を吊って死んでいるのが見つかった。遺書も見つかったそうだ。
茂は訳が分からなくなった。急いで病院へ駆けつけた時にはいつもの彼ではなかったが、紛れもなく野田だった。
茂はあの日の夜のことを思い出さずにはいられなかった。あの時、もっとしっかり話を聞いていれば、、、あの時、自分に助けを求めていたのかもしれない。
いつもピンチの時に助けれくれた野田のピンチに、自分は気づくことさえもできなかった。
ーすまない。
その日、茂は涙が枯れるまで泣いた。
葬儀は野田の生まれ故郷の兵庫で執り行われた。
自然が多く良いところだ。どこか亀岡市にも似ている。葬儀へ向かう車の車内で久子と二人そんな会話をしていた。
野田の両親には初めて会ったが人の良さそうな雰囲気だ。特に母親の顔は野田にそっくりで、体格は父親に似ている。二人とも疲れ果てている様子だった。
葬儀も終わり、兵庫から亀岡に向かって帰っていた。湯の花温泉を越えたあたりで不意に久子が口にした。
「ねえ、出雲の神社いかない?」
「なんだよ。こんな時にさ。」
「うん・・・」
「まぁ、いいけど。」
茂はこんな時に神社に行くのも変な感じがするなと思ったが、そういえば野田が「出雲大神宮に行ってみたら」と言っていたのを思い出し行くことにした。
着いたのは夕方とはいえ、まだ暑さが残っていた。茂は持っていた扇子を取り出しパタパタと扇ぎ始めた。
「野田がさ、ここでお祈りしたら子供できるんじゃないって言ってたよ」
茂は野田を懐かしむように、笑い話のように話した。
「そうなの?」
「んー、どうだろう。冗談だろう」
静かな境内でしばらくひぐらしの声だけが響き渡っていた。
「ねえ、あなたと出会う前にさ、私ここでお祈りしてたんだ。そしたらあなたがあの店にやってきたの」
茂は初めて聞いた話に驚いた。
「俺も、、」
「え?」
ボソッと発した茂の言葉を久子は確かめるように聞き返す。
「俺も、ここに来たよ。久子に会う前に。」
「空・・・赤かった?」
「うん、今日みたいに。」
「綺麗だったね。」
二人の顔はあの日と同じ夕日で赤く染まっていた。
「赤ちゃんできるといいね。」
【記者が交代で書く連続WEB小説・「京都 亀岡物語」】
次回、ひごのかみ先生による続きを掲載予定。運命は急展開する。乞うご期待!!
※この内容はフィクションです。登場人物、団体は架空のものです。