保津町宮ノ上にある八幡宮社。上の写真のように鳥居の扁額には「八幡宮」と書かれていますが、横の立て札には「八幡宮社 請田神社」と書かれていて、思わずどっちやねん! と言いたくなります。
実際に、ここを請田神社だと思い込んでいる人もいるみたいですが、正解は「八幡宮社」です。
なぜこんなややこしい書き方をしているかというと、ここ八幡宮社から一キロほど離れたところに請田神社があり、戦国時代に戦火にあったために現在八幡宮社のある地に一時的に遷座してきたそうなのです。
戦国時代も終わると、請田神社は元の場所へ複座し、その地には八幡宮社が創建されたのです。現在も境内には請田神社の頓宮がありますので、立て札はあんなややこしい書き方をしているようなのです。
御祭神は応神天皇。
御神体は現在の京北町から洪水により流れより、村上三右衛門尉某が社殿を設けて奉ったという。
鳥居をくぐると正面には本殿、左手に拝殿。右手には先に言った請田神社の頓宮があります。
また本殿の北側には小高い丘のようになっていて、そこには、旧別当寺神護院の鐘楼がたっています。
本殿
本殿は銅板葺で一間社春日造。亀岡市内の寺社で春日造はとても珍しいものです。
造営年代は詳細は不明ですが、江戸時代の前期と推定されています。
拝殿
造営は1800年ごろ。
入母屋造の桟瓦葺。
請田神社頓宮
境内の敷地は広い。
境内社も並ぶ
裏手には亀岡の名木、クスノキが聳え立つ!
北側の丘には神護院の鐘楼跡と、陣屋跡があります。
陣屋跡
なお、この八幡宮社の北側には商店街があり、そこを超えていくと本能寺の変の際に信長を急襲する際に通った明智越えの登り口があります。
歴史を感じさせる神社ですね♪
保津八幡宮社
保津町宮ノ上21