「第1話 あの日の記憶」(著・かめじ〜ん)
「おばさん。行ってくるね」
「はい、行ってらっしゃい」
牛松山の麓。京都府亀岡市の田舎で秋山健二は育った。家の周りは山と田んぼが広がったのどかな風景だ。
亀岡は昔から亀岡盆地と呼ばれ、四方を山に囲まれている。そのため米の収穫も終わろうとする季節には、正午になる時間でも濃い霧に包また。
健二は霧の向こうにかすかに見える亀岡市街へと車を走らせた。3月とはいえまだまだ冷え込む。車のエアコンを強め職場へと急いだ。
亀岡駅から車で5分程のところにある、金属加工をなりわいとしている従業員5人ほどの小さな工場が健二の職場だ。亀岡高校を卒業してこの工場に就職をした。それ以来5年間ここで働いている。
健二は本当は警察官になりたかった。警察学校に入るために人一倍勉強もした。教師からのお墨付きももらい、周りからも合格間違い無しと言われていた。実際に試験の手応えも十分にあった。だが結果は不合格だった。健二はこの現実を受け止めることが出来なかった。
意気消沈し、しばらく食べ物も喉を通らなかった。そして何の気なしに今の工場へと就職したのであった。
工場の社長の山岸剛三は、京都市内の大学を卒業した後、先代の後を継ぎこの工場を経営して30年。経営していると言っても小さな町工場であり、他の従業員と一緒に汗を流す。そんな姿と昔ながらの職人気質で従業員にも慕われていた。もちろん健二も例外ではなく、両親のいない健二にとっては父親のような存在だった。
健二は伯父の秋山幸男、その妻である和子と住んでいる。というのも健二の両親は、健二がまだ幼い時に交通事故で死んでいるのだ。そしてこの家に引き取られたのである。
幸男と和子は子どもに恵まれず、健二を実の子のように育てた。また健二も本当の両親同然として暮らしていた。実際のところ健二には両親の記憶がほとんどない。伯父夫妻から聞く話しと、生前に撮られた写真だけが両親を感じる唯一の術だった。
幼い健二と母親が市民プールで泳ぐ写真。西友の屋上の遊具で遊ぶ写真。保津川で父親と釣りをしている写真。毎年、健二の誕生日に家族で撮った写真など、写真の中の両親は健二への愛情に満ち溢れていた。
そのうちの一枚を健二は常に大切に持ち歩いていた。あまり記憶にないとはいえ、やはり本当の両親というのは何にも変えられない存在なのである。
健二の父親である、秋山茂は亀岡署 捜査第二課に勤める警察官だった。真面目を絵に描いたような人間で、周りからも慕われていた。またとても頭の切れる人物で多くの難事件を解決していた。母親の久子はそんな夫を支える良き妻であった。
二人の出会いは並河駅の近くにある喫茶店だった。茂が警察官になって2、3年が過ぎた頃、非番だったある日に、友人とたまたま入った喫茶店「マリーゴールド」で久子は働いていた。そして茂は久子に一目惚れしたのだ。
娯楽の少ない当時の亀岡市で若者が集まる場所といえば、誰か知り合いの家にたむろするか喫茶店ぐらいであった。何をするでもなく、ただ好みの異性の話をするとか、くだらない夢を語ったりするぐらいだった。何も亀岡市だけの話ではない。当時の若者は大体がそんな感じだった。
茂は非番のたびにその喫茶店に訪れた。初めて久子と話ができたのは通い始めて2ヶ月がたった頃だった。その後、交際へと発展していくのには案外時間はかからなかった。
そして数年の交際期間を経て、二人は結婚をした。茂29歳、久子28歳の時だ。
プロポーズの言葉はとてもロマンチックなものだった。
真夏の亀岡花火大会。初めて見る久子の浴衣姿に目を奪われつつも、茂はプロポーズの言葉を口にした。
「
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【記者が交代で書く連続WEB小説・「京都 亀岡物語」】
次回、肥後守先生による続きを掲載予定。プロポーズの言葉は!?これから起こる健二の壮絶な運命とはいかに!?乞うご期待!!
※この内容はフィクションです。登場人物、団体は架空のものです。